学びたいもの
SINCE2009/09/02

何を学びたいかは、ある程度学んでみなければわからない
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学びたいものは、大学では見出すことができない、というのは反語ではなく、本当のことなのです。事実命題ですね。
「何を学びたいか、大学で見出しなさい」とよくいうでしょう。しかし、大学の中では、在学中には、見出すことはできないんです。
だから、学ぶべきものを見出す努力は必要ない。空しい、といおうとしているのではありません。およそ逆です。

何が学びたいかは、かなりの程度学んでみないとわからない。
だから、学ぶためにこそ大学があるんです。学ぶべきものを見つけるために、いろいろなものを学ぶ場所、それが大学なんです。
ただ与えられたものを学んで消化する、そういうことだけならば、職業学校や専門学校で十分です。
あるいは、そちらの方がずっといいでしょう。

学ぶべきものを見出そうとするか、しないか、という経験を大学でえることで、その人の人生はずいぶん違うものになるのではないでしょうか。
しかし、学ぶべきものがはっきりしないのに、ひたすら学ぶというのは、とても難しいことです。
受験勉強は、するかしないか、で決まります。しかし、大学では、してもしなくても、一見すれば、ほとんど変わりません。
ある程度決着がつくのは、ずっと後になってからです。良い結果が出るかどうかは、学び続けるかどうかにかかってきます。

例えば、大学で写経の勉強をしない人に、写経の意味はわからないわけです。コピー機があるじゃないか。翻訳書があるじゃないか、というわけでしょう。
写経は、基本的には、1960年代、私たちの世代で終わったんじゃないかな。70年代には、一部を除いて、なくなったでしょう。
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学ぶものはこれではない
学びたくないものを学ぶ効用

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